換金されなかった宝くじ―男が当選しても30年間、窓口へ行かなかった理由

ジャネットへの報告

ケビンは売り場に戻り、ジャネットに日記のページを見せた。読み終えたジャネットは目を拭い、「そういうことだったのね」と呟いた。「ハロルドさん、当たった週は必ず笑って帰っていったわ。外れた週はちょっと残念そうで、でも翌週また来るの。一度も来なかった週はなかった」と続けた。三十年間で一度だけ、ある火曜日にハロルドは来なかった。そのときジャネットは初めて、彼が逝ったことを知った。来なかったことが、最後の別れだった。

最後の火曜日

「亡くなる二週間前の火曜日、いつもより少し遅くて、買い物袋を持って息を切らしながら来たの。『また来るよ』と言って帰っていった」とジャネットは言った。その週当たったかどうかを確認すると、七月二十三日の番号で五百ドルの当選だった。日記には「今週も当たった。来週また来るよ」と書かれていた。しかしその翌週、ハロルドは入院し、売り場に来ることはできなかった。「また来るよ」という言葉が、ジャネットへの最後の挨拶になることを、ハロルドは知っていたのでしょうか。

最後の日記

ケビンは日記の最後のページを読んだ。亡くなる一週間前の記録には「体が思うように動かなくなってきた。来週の火曜日も行けるか分からない。でも行く。ヘレン、待ってろ。まだ報告できていない分がある」と書かれていた。それが最後の記録で、翌週のチケットは買えなかった。ケビンはページをゆっくり閉じ、来週のチケットのことを気にしながら目を閉じたのだろうと思った。最後まで「報告できていない分がある」と思い続けながら逝った父の、三十年間の執念を感じた。

ケビンの決断

翌週の火曜日、ケビンはジャネットの売り場を訪れた。「父が毎週買っていた番号で、同じ枚数を」と告げると、ジャネットは少し驚いた顔をしながらも黙ってチケットを出した。ケビンはそのまま墓地へ向かい、ヘレンの墓の前でチケットを見せた。「父さんの代わりに来ました。父さんがずっとやっていたことを、僕が続けます」と言うと、声が震えた。これが正しいことなのかどうか分からなかったが、これ以外に父の三十年間に応える方法が、ケビンには思いつかなかった。

翌週の結果

最初の二週は外れ、三週目に五百ドルの当選が出た。墓参りをし、「当たりました、お母さんの誕生日の番号で」と報告すると、涙が出た。換金しなかった理由が、初めて体でわかった気がした。换金してしまえばそれはただのお金になる。換金しないままでいれば、それはヘレンとの会話の証しのままでいられる。ケビンはチケットを引き出しに入れた。父が三十年間そうし続けた、あの引き出しに。

サラの理解

「それ、換金しないの?」と妻のサラが聞いた。ケビンは頷き、「少しの間だけ」とだけ答えた。サラは何も言わなかった。翌週、サラも一緒に売り場へついてきた。ジャネットが「奥さん?」と確かめると、「そうです」とサラは答え、「ハロルドさんも昔は奥さんと一緒に来ていたのよ」というジャネットの言葉を静かに聞いた。サラはケビンの横顔を見た。父と母が二人でここに立っていた時間と、今自分たちがここにいる時間が、静かに重なって見えた。

ジャネットのノート

数ヶ月後、ジャネットが売り場の棚の引き出しを開けて見せた。三十年分のハロルドの購入記録が書かれたノートで、毎週火曜日の日付と番号と当選金額が、ジャネットの手書きで全て残っていた。「何となく書き留めておいたの。大したものじゃないけど」とジャネットは言い訳するように言ったが、そのノートがなければ、ハロルドの三十年間を検証する手立ては何もなかった。「十分役に立ちました」とケビンが答えると、ジャネットは少し照れたように頷いた。

三つの封筒

書斎の別の引き出しに、三つの封筒が並んでいた。それぞれに日付が書かれ、中にはチケットが一枚ずつ入っていた。ヘレンの誕生日・結婚記念日・命日、三つの番号が全て同時に揃って当たった三回分のチケットだった。封筒の裏のメモには「ヘレン、全部揃った。誕生日も記念日も命日も、一緒に当たった。完璧な日だった。また来るよ」と書かれていた。ケビンは三つの封筒を胸に抱えた。三つの日付が全て揃った日を「完璧な日」と呼んだ父の、静かな歓びの深さを思った。

もう一人の証人

春になり、ケビンはジャネットを墓地へ連れて行った。初めて訪れるヘレンの墓の前でジャネットは小さく頭を下げ、「三十年間、毎週来てくれたんですね」と墓石に向かって言った。風が吹いた。ジャネットはハンドバッグから三十年分の購入記録のコピーを取り出し、「これも置いていっていいですか」とケビンに聞いた。ケビンが頷くと、ジャネットは紙を花瓶の脇に丁寧に置いた。三十年間、名前も知らずに支え続けた人が、ようやくヘレンに会いに来た日だった。

また来るよ

翌月の火曜日、ケビンとサラは一緒に売り場へ行き、同じ番号で同じ枚数のチケットを買った。そのまま墓地へ向かうと、今はハロルドの墓もヘレンの隣に並んでいた。ケビンは二枚の墓石の前にチケットを一枚ずつ置き、「また来ます」と言った。風が吹いてチケットが動き、サラがそっと石の下に押さえた。いつかこのチケットが当たったとき、ケビンは換金しないだろうと思った。当たったことを知らせに来るだけでいい。父がずっとそうしてきたように。

※この物語はフィクションです。登場人物や出来事はすべて架空のものであり、実在の人物や出来事とは一切関係ありません。写真はイメージです。

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