トムの後悔
「なぜ離婚届を書いたんですか、と思った」とリンダは言った。トムは頭が下がった。靴を見た翌日、怒りに任せて一人で書いた離婚届を、引き出しに入れたままにしていた。「見つけたの?」と聞くと、リンダは「見つけた」と静かに答えた。十一年間、誰にも語らずに守ってきた時間があった妻に対して、自分は三日で疑い、離婚届を書いた。言い訳のしようもない後悔が、胸の底から広がるのを、トムはそのまま感じていた。
引き出しの封筒
トムは書斎に行き、引き出しから離婚届の封筒を取り出してリビングのテーブルに置いた。「破る」とトムは言い、封筒を開けて二つに折り、さらに二つに折った。「疑ってごめん。十一年間、知ろうとしなかったことも、ごめん」。リンダは何も言わなかった。ただ、テーブルに視線を落としたまま、目が少し赤くなっていた。
靴の置き場所
数日後、二人はハーバートの靴をどこに置くか話し合った。「棄てられたくないから持っていってほしいと言われた」とリンダが言うと、「じゃあ、うちに置こう。棄てなければいい話だろ」とトムは答えた。結局、玄関の靴箱の一番上の段に、二人の靴と並べて置くことにした。古い茶色の革靴が、ポートランドの家の玄関にしっかりと立った。会ったことのない老人の仕事の証しを引き受けることに、どんな意味があったのでしょうか。
ハーバートの昔話
リンダはトムにハーバートの話をするようになった。工房を開いた頃の話、自分が作った靴を今も大切に持っている客がいるという話、妻を早くに亡くして仕事だけが友だちだったという話。「話し上手な人だった。昔のことをよく覚えていて、いつも笑いながら話してくれた」とリンダは言った。トムは聞きながら、会ったことのない老人の顔を想像した。十一年間、リンダが会い続けた人間を、今になって初めて知ろうとしていた。
センターへの訪問
ある週末、トムはリンダと一緒にボランティアセンターを訪ねた。ノーマに挨拶すると、「ハーバートさんが生前、いつもリンダさんのご主人のことを話していましたよ」と言われた。「なんて話していたんですか」とトムが聞くと、「忙しい人らしいけど、リンダさんが明るいのはそのおかげだ、って」とノーマは答えた。一度も会ったことのない老人が、自分のことを話していた。トムは返す言葉を持てなかった。
新しいボランティア
ノーマはリンダに、ハーバートの後に担当できる方がいると話した。八十二歳の女性で、最近施設に入ったばかり、家族が遠方でほとんど訪ねてくる人がいないという。リンダは翌月から訪問することにした。「続けるの?」とトムが聞くと「うん」と答えたリンダに、「俺も行っていいか?」と言った。少し驚いた顔をしたリンダは、しばらくしてから「来てもいいよ」と言った。
初めての同行
翌月の第二土曜日、トムは初めてリンダの外出についていった。施設の廊下を歩き、部屋のドアをノックすると、八十二歳のアグネスが「リンダさん、来てくれたの」と顔をほころばせた。「今日は夫も一緒です」とリンダが言うと、アグネスはトムを見上げ「いい顔してる。リンダさんと並ぶとよく似合う」と言った。トムは笑った。十一年間、リンダが一人で通い続けた場所に、トムはなぜこれまで来ることができなかったのでしょうか。
玄関の革靴
帰宅すると、玄関の靴箱にハーバートの革靴がいつも通り置かれていた。二十四センチの、古い茶色の一足。今日初めて会ったアグネスの顔と、ハーバートが毎月リンダに靴を磨いて見せていた姿が、頭の中で重なった。「私の仕事の証しだから」と言って大切にしていた靴が、今はポートランドの家の玄関に立っている。誰かの大切なものを引き受けるとはどういうことか、少しだけ分かった気がした。
リンダの言葉
ある夜、トムはリンダに「ノーマさんから聞いた。ハーバートさんが、忙しい人だけどリンダが明るいのはそのおかげだって言ってたらしい」と話した。リンダはしばらく黙ってから、「ハーバートさんは会ったこともないのにね」と言った。「そういう人だったんだな」とトムが言うと、「そういう人だった」とリンダは繰り返した。窓の外の夜が静かで、二人はしばらくそのまま座っていた。
玄関の景色
今年の春、トムとリンダは第二土曜日にアグネスを訪ねた。帰り道、ポートランドの桜の下を二人で歩いた。家に戻り、玄関のドアを開けると、ハーバートの革靴がいつも通りそこにあった。二人の靴の隣に、古い茶色の一足。サイズは合わない。それでも、ここにある。トムは靴を一度見て、自分の靴を脱いだ。リンダも靴を脱いだ。三足の靴が、ポートランドの玄関に静かに並んでいた。
※この物語はフィクションです。登場人物や出来事はすべて架空のものであり、実在の人物や出来事とは一切関係ありません。写真はイメージです。