道で倒れていたキツネの子を保護した。翌朝から1ヶ月間、玄関の前で起き続けたことに言葉が出なかった

1. 散歩道で倒れていた

バーモント州ウォータービル。九月の朝、エドワード・コールマンはいつもの散歩道を歩いていた。六十八歳で学校を退職して三年が経ち、毎朝六時に起きて同じ道を歩くのが日課になっていた。森の入口近くの草むらに差し掛かったとき、何かが動いた。近づいてみると、草の中に小さなキツネがいて、立てない様子でこちらを見上げていた。怖がっている目だったが、逃げる力もないのだろう——なぜこのキツネが、よりによって今朝のエドワードの前に現れたのだろうか。

2. 状態の確認

後ろ足が動いておらず、体は小刻みに震えていた。傷は見当たらなかったが、車にはねられたか何かに衝突したのかもしれない。エドワードは迷わず上着を脱いでキツネをそっと包んだ。暴れることはなかった——いや、暴れるだけの力が残っていないのかもしれなかった。そのまま十分の道のりを歩いて家へ戻る間、キツネは上着の中でじっとしており、浅いながらも確かに息を続けていた。

3. 動物病院へ

エドワードは車に乗り、三十分離れた動物病院へ急いだ。野生動物も診てくれる病院で、獣医師のドナがキツネを診て「後ろ足に外傷はないが神経に障害があるかもしれない。栄養失調でもあります。この状態で外にいれば、一日持たなかったと思います」と言った。「助かる見込みは」と聞くと、ドナは「ケアをすれば可能性はあります」と答えた。その言葉の重みを、エドワードはどう受け止めたのだろうか。

4. エドワードの一人暮らし

エドワードは妻を七年前に亡くして以来、一人で暮らしていた。子どもはなく、定年後は毎朝の散歩と図書館での読み聞かせボランティアが生活の軸だった。「私に世話ができるでしょうか」とエドワードがドナに問うと、「丁寧に教えます。一人で抱え込まないで相談してください」とドナは答えた。動物を飼ったことは一度もなかったが、エドワードはキツネを連れて家に帰ることを選んだ。その決断がこれほど長い物語の始まりになるとは、このとき知る由もなかった。

5. 世話の始まり

ドナの指示通り、エドワードはキツネに四時間おきに流動食を与え、体温管理のため毛布に包み、後ろ足のリハビリとして毎日少しずつ動かす補助をした。最初の三日間はほとんど動かなかったが、四日目に顔を上げ、五日目に水を自分で飲んだ。「今日水を飲んだ」とドナに電話すると、「よかった、いい兆候です」という声が返ってきた。その一言が、エドワードには何より心強かった。

6. 名前をつけた

二週間でキツネは立ち上がれるようになり、後ろ足がまだ弱かったものの少し歩けるようになっていた。毛の色が銅色だったことから、エドワードはキツネに「コッパー」という名前をつけた。最初は恐れていたコッパーも、二週間を過ぎるとエドワードに近づくようになり、食事のときは手から直接食べるようになっていた。「懐いてきた気がする」とドナに話しながら、エドワードは自分でも少し照れくさいような気持ちになった。

7. 回復していく様子

一ヶ月後、コッパーは走れるようになった。後ろ足の動きはまだわずかにぎこちなかったが、日常生活には支障がなかった。庭を走り回り、草の中に顔を突っ込み、木の根元を掘る様子を見ていると、野生の本能が確かに戻ってきているのが分かった。「そろそろ森に返すことを考えた方がいい」とドナが言ったとき、エドワードはそれが正しいことだと理解していた。ただ、理解することと受け入れることは、同じではなかった。

8. 返すべき理由

「野生動物は自然の中で生きることが一番です。人間に慣れすぎると野生に戻れなくなる」とドナは言い、飼育には法律上の問題もあることを説明した。その夜、エドワードは庭でコッパーが草の中を走る姿をじっと見ていた。最初に拾ったあの日、動けなかったキツネとはまるで別の動物のようだった。速くなった、強くなった——それがエドワードには誇らしくあり、同時に別れの近さを告げるものでもあった。コッパーがここまで回復したのは、誰のためだったのだろうか。

9. 森に返す日

十月のよく晴れた朝、エドワードはコッパーをキャリーケースに入れて散歩道を歩き、拾った場所の近くで森の中に少し入った。ケースを開けると、コッパーはしばらく動かなかった。エドワードは何も言わなかった。一分ほどして、コッパーが前足をケースの外に出し、地面の匂いを嗅いだ。そして走り出し、枯れ葉の上を駆け抜けて茂みの中へ消えた。その後ろ姿が見えなくなるまで、エドワードはその場に立ち続けた。

10. 静かな帰り道

空のキャリーケースを持って帰り道を歩くと、森の中にコッパーの気配はもうなかった。家に戻り、毛布も水皿も食器も片付けてきれいになった場所を見ながら、エドワードはコーヒーを一杯入れた。その夜、いつもより家が静かに感じた。六十八年間、一人で暮らすことには慣れていたはずだった。それなのに、わずか一ヶ月そこそこ一緒にいただけのキツネがいなくなって、こんなにも静かになるものなのか。

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