21. 来なくなった翌朝

翌朝も玄関には何もなく、カメラにも映っていなかった。一度取り外したカメラを、その夜エドワードはまた設置した。何かが気になった。しかし翌朝も何も映っていなかった。庭に目をやると、一ヶ月かけて埋めてきた痕跡がある。コッパーが届けたものが、あの土の下に眠っている。来なくなったことは、果たして終わりを意味するのだろうか。
22. ドナへの報告

エドワードはドナに電話した。「昨日から来なくなりました」と言うと、「一ヶ月続いたんですね」とドナは言った。「二十九日間でした」とエドワードは答え、電話の向こうでドナがしばらく黙った。「なぜ一ヶ月なのか、なぜ止まったのか、私には説明できません」とドナは静かに言った。理由が説明できないということ自体が、この出来事の大きさを物語っているようだった。
23. カメラを見直した

エドワードは二十九日分のカメラ映像を最初から見直した。毎回同じ時刻に来て、置いて、玄関を見上げて、引き返す。二十九回すべて同じ行動だったが、最後の映像だけ違った。キツネが玄関を見上げる時間が、他の日より長かったのだ。三十秒ほど見上げてから引き返した——そしてそれが最後だった。なぜその夜だけ、長く見上げたのだろうか。
24. 三十日目の映像

エドワードは二十九日目の映像を何度も再生した。キツネが玄関を三十秒見上げるシーンを、繰り返し、繰り返し見た。何を考えていたのか、何かを伝えようとしたのか、エドワードには分からなかった。ただ確かなのは、三十秒間見上げ、それから静かに引き返し、それが最後だったということだ。エドワードは映像を静止してキツネの顔を見つめ続けた。その横顔が、何かを語りかけているような気がしてならなかった。
25. 図書館での読み聞かせ

翌週、エドワードは図書館の読み聞かせボランティアへ行った。いつものことだったが、その日エドワードはいつもと違う本を選んだ。キツネが出てくる絵本だった。読み始めると、子どもたちは一斉にページへ目を向け、誰もよそ見をしなかった。エドワードはいつもより少しゆっくりとページをめくりながら、この物語を自分のために読んでいるような気もした。
26. 散歩道に変化が

それからも毎朝散歩を続け、森の入口で茂みを見るのが習慣になっていた。何ヶ月か経ったある朝、茂みの奥に二つの影が見えた。大きなキツネと、小さなキツネだった。エドワードが立ち止まると影も止まり、ゆっくりしゃがむと三十秒ほど見つめ合って、影は消えた。コッパーと子どもなのか、それとも全く別のキツネなのか——エドワードには分からなかったが、それでも胸の奥に温かいものが広がった。
27. ドナへの最後の報告

エドワードはドナに電話した。「今日、森で二匹のキツネを見ました。大きいのと小さいの」と言うと、「いい報告です」とドナは言った。「それがコッパーかどうかは分かりません」とエドワードは言い、「分かりません」とドナも言った。電話を切った後、エドワードはカメラの映像フォルダを開いた。二十九日分の映像が並んでいた。削除する気にはなれなかった。
28. 庭の土の下

秋の終わり、エドワードは庭を整えた。コッパーが届けてきた動物を埋めた場所には、今は草が伸びていた。エドワードはその場所を少し掘り、土の匂いを嗅いだ。二十九の痕跡がこの土の下にある。スコップを置き、しばらくその場所を見てから、また草を戻した。来年の春もここに草が生えるだろう、とエドワードは思った。そしてそれは、何か大切なものが土に還っていくようで、悪くなかった。
29. 散歩道の変化

翌年も毎朝同じ道を歩いた。会えることもあったし、会えないことの方が多かった。会えたとき、エドワードはしゃがんだ。キツネが止まった。見つめ合った。それだけだった。言葉はなく、触れることもなく、ただ視線が交わるだけ——それなのに、なぜエドワードはその朝が、一日の中で一番満たされた時間になっていったのだろうか。
30. 今も続く朝の散歩

今朝もエドワードは六時に起きて散歩に出た。森の入口を通り、茂みに目をやったが、今日は何もいなかった。いない朝もある。いる朝もある。いる朝には止まってしゃがむ。あの秋の朝、草むらで倒れていたキツネを拾ってから三年が経つ。玄関の前に何かが置かれることは、もうない。しかしエドワードの朝の散歩は、あの朝から確かに変わった。※この物語はフィクションです。登場人物や出来事はすべて架空のものであり、実在の人物や出来事とは一切関係ありません。写真はイメージです。