赤いドレス――夫の葬式に黒を着なかった妻が、最後に読み上げた手紙

21. 式場の静寂

式場に入った瞬間、エレンは何百もの視線を感じた。誰かが息を呑む声がした。エレンは視線を前に向け、まっすぐ歩いた。最前列の席に座り、棺の前に置かれたフランクの写真を見た。笑っている写真だった。エレンは口元が緩みそうになるのを感じた。牧師が式を始めた。賛美歌が流れた。友人たちがスピーチをした。エレンはずっと正面を向いていた。涙は出なかった。周囲の人々は戸惑いながらも、エレンの背中を見続けた。

22. キャサリンのスピーチ

キャサリンがマイクの前に立った。「父は穏やかで、優しい人でした」と彼女は話し始めた。声が震えた。「父がいてくれたから、私たちは笑って生きてこられました」。会葬者の中にすすり泣く声が広がった。エレンは前を向いたまま、動かなかった。キャサリンはちらりと母を見た。スピーチを終えてキャサリンが席に戻ったとき、エレンは静かに手を握った。母の手は、温かかったのでしょうか。

23. 最後の時間

式の最後に、牧師がマイクを持って言った。「フランク・マーシャルさんの奥様から、皆様へのお言葉がございます」。会葬者が静まり返った。エレンはゆっくりと立ち上がり、ハンドバッグから白い封筒を取り出した。便箋を広げた。眼鏡をかけた。式場の全員が、息をひそめていた。エレンは咳払いを一つして、読み始めた。

24. フランクの言葉

エレンが読み始めた。「エレン、頼みがある。俺の葬儀には、一番きれいな服を着てきてくれ。黒は似合わない。お前には赤が似合う。俺が贈ったあのドレスがいい」。式場に静寂が広がった。「それから、泣かないでくれ。お前が泣く顔を、俺の最後の記憶にしたくない。笑った顔がいい。俺はいつもお前の笑った顔が一番好きだった」。誰かがすすり泣いた。エレンはページをめくった。まだ続きがあるのでしょうか。

25. 四十年の感謝

「お前と過ごした四十年は、俺の人生で一番の宝だった。書店で出会ったあの日から、お前はいつも俺を笑わせてくれた。焦げたオムレツも、三秒の返事も、全部俺の宝だ」。エレンの声が少し揺れた。しかし、読み続けた。「傘を赤にしたのは、お前の目に留まりたかったからだ。最初からそのつもりで赤い傘を買った。それだけは正直に言っておく」。式場のあちこちで笑いと涙が混じった声が漏れた。

26. 最後の一文

エレンは最後のページを広げた。「俺が先に逝って、本当に申し訳ない。でも、お前なら大丈夫だ。エレン、幸せでいてくれ。お前が幸せな顔をしているところを、俺はきっとどこかから見ている。赤いドレスが似合っているか、確かめながら」。エレンはゆっくりと便箋を折った。式場は静かだった。キャサリンは両手で顔を覆っていた。マイケルは天井を見ていた。エレンは顔を上げ、フランクの写真を見た——笑ったのでしょうか。

27. エレンの微笑み

エレンは微笑んだ。ゆっくりと、確かに。目には光るものがあったが、頬を伝わることはなかった。その微笑みを見て、キャサリンは声を上げて泣いた。マイケルも肩を震わせた。友人のレベッカは、ハンカチで目を押さえながら「エレン……」と呟いた。牧師は目を閉じたまま、しばらく動かなかった。エレンは椅子に戻り、フランクの写真を見続けた。その顔は穏やかで、どこか晴れやかだった。約束を守れたことを、確かめるように。

28. 式の後

式が終わった後、多くの人がエレンのもとに来た。「素晴らしいご主人でしたね」「あの手紙に胸が震えました」「エレンさんは強い方ですね」。エレンはそのたびに「ありがとうございます」と答えた。キャサリンが隣に寄り添った。「お母さん、ごめんね。怒ってた」とキャサリンは言った。エレンはキャサリンの頬に手を当てた。「あなたのお父さんの頼みだから」と、静かに言った。帰り際、エレンは一人で棺の前に立った。フランクへの言葉は、誰にも聞かれなかったのでしょうか。

29. 書店の前で

翌日の午後、エレンは一人でリッチモンドの書店を訪れた。あの夏の日から四十六年が経っていた。店は二度、移転していた。でも、ヘミングウェイの棚はまだあった。エレンはその前に立ち、一冊を手に取った。「老人と海」だった。フランクが三度読んだ本。エレンはそれを開き、最初のページを読んだ。隣の棚に、赤い表紙の本が並んでいた。エレンはそれを見て、また微笑んだ。フランクがいつも赤を選んでいた理由が、もう一度、胸に広がった。

30. 赤いドレスのままで

家に帰り、エレンはクローゼットの前に立った。赤いドレスをハンガーにかけた。汚れてもいなかった。まだきれいだった。エレンはコーヒーを淹れ、フランクの椅子に座った。庭の薔薇がまだ咲いていた。フランクが「来年も咲くかな」と言っていた薔薇だった。「咲いてるわよ」。誰もいない庭に向かって、静かに言った。コーヒーを一口飲み、ヘミングウェイを開いた。涙はまだ、出なかった。今はまだ、フランクが見ているから。※この物語はフィクションです。登場人物や出来事はすべて架空のものであり、実在の人物や出来事とは一切関係ありません。写真はイメージです。

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